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東京高等裁判所 昭和24年(新を)110号 判決

控訴人 被告人 高松日出雄

弁護人 大野曾之助

検察官 鈴木正二関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における未決勾留日数中百日を被告人の本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附してある控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

弁護人大野曾之助の論旨について。

原判決の認定した事実の要旨は「被告人は昭和二十四年一月八日午前十一時二十五分頃、東京都省線有楽町駅一番線ホームにおいて折柄到着した電車に乗車しようとした宮内靜江から現金五十円を掏取つた」というのであり、これが証拠として挙示するところのものは被告人の当公廷における供述と宮内靜江提出に係る盗難被害届書であるが記録を点検すると右被告人の当公廷における供述は判示事実に符合するが、宮内靜江の被害届書には被害日時として「昭和二十四年一月八日午前十一時四十分乃至五十分」とあつて時間において十数分の差異がある。又被害の場所としては判示と符合するが被害の状況中の記載は「午前十一時四十分頃有楽町駅より大宮行電車え乗車せんとした時に窃取せられた」とあつて時と場所に多少の相違があること論旨指摘の通りである。而して証拠の内容を掲記せず唯証拠の標目丈けを挙示する現行法の下において挙示した証拠間にくいちがいがある場合に裁判所がそのくいちがいの部分についていずれの証拠を採用したかは直接にこれを知ることはできないけれども、判示の事実と相待つて原審はこれと符合する部分を採用し符合しない部分はこれを採用しなかつたものと解するのが相当である。原審は右くいちがいの部分については被告人の供述の方を採用し、被害者の届出記載を採用しなかつたのである。又一証拠中採用しなかつた部分が証明物体に対し本質的なものであればその証拠は最早や証拠としての価値がなくなるが左様な場合でなければ一部を除いても立派に証拠価値のあるものである。本件で宮田靜江の届出記載中採用しなかつた部分は証明物体に対し本質的なものでない。而してこれを除けば「昭和二十四年一月八日午前十一時過省線有樂町駅一番線ホームにおいて現金五十円を窃取された」となり立派に本件の罪体を証明している。論旨は理由がない。(他の論旨に対する判断は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

一件記録を査閲するに原審判決は其の認定したる犯罪事実の罪証として採用した証拠との間に於いて齟齬し適合せざるを以て証拠によらざる事実認定であつて破棄を免れざるものと信ずる。即ち、原判決に掲ぐるところの犯罪事実は「被告人は昭和二十四年一月八日午前十一時二十五分頃東京都千代田区所在省線有樂町駅一番ホームに於いて折柄到着した電車に乗ろうとした宮内靜江の上衣右ポケツト内より同人所有の現金五十円を掏取り窃取したものである」と云ふにあり、而して之が証明として採用したる証拠は、一、被告人の当公廷に於ける供述、一、宮内靜江提出に係る盗難被害届の二つである。よつて右証拠の内容を検討するに、被告人の供述として第二回公判調書中、記録第十六丁(表)に、問、被告人は本年一月八日午前十一時二十五分頃に省線電車に乘つたか、答、大塚の友人の所へ行くつもりで乘つて居りました。記録第十六丁(裏)に、問、有樂町駅へ下車してからの模様を云つて御覧、答、有樂町駅へ下車した所電車ホームが混んで居り私が大塚方面行の電車に乗ろうとした時自分の前に事務服を着た女の人が居り……中略……その金を掏取りましたら現金五十円でしたとあり、起訴状には「山の手線内廻り電車に乗車せんとした……宮内靜江の上衣右ポケツトより……」とありて被告人供述と大体同様である。又被告人の供述を裏書するものに記録添付の書類中、司法警察官作成の供述調書第八項、記録三十一丁……山の手線六輛連結の電車が有樂町駅の一番ホームに這入つて来ました。丁度其の時前方より三輛目位の真中の出入口より乘車しようとしている年令二十一、二才の婦人……後略、検事作成の供述調書は共に被告人の公判廷供述と大体同様である。

乃ち第二回公判調書の記載による被告人の供述は「大塚方面行電車に乘ろうとした時」とありて起訴状に云う「山手線内廻り電車」に該当し又司法警察官及検事各作成の供述調書とも電車方向及び時間は皆一致している。然るに宮内靜江提出に係る盗難被害届は被害の日時として「昭和二十四年一月八日午前十一時四〇分より同五〇分に至る間」とあり一方証拠として採用した公判廷に於ける被告人の供述には午前十一時二十五分頃とあり先づ時間に於いて相違する。又被告人の供述中、大塚方向行電車即ち山手線内廻り電車なることを繰返し言明しておるに、盗難被害届書の被害状況欄の記載は「午前十一時四十分頃有樂町駅より大宮行電車に乘車せんとした時上衣右ポケツト内より窃取されたものである」とありて宮内靜江の被害は被告人の供述する場所即ち電車とは相違する。たとへ宮内靜江に於て現金五十円を掏取られたりとするも該被害届書の記載を以てしては被告人の犯行の対象たる被害者が宮内靜江なりと断定することは出来ない。従つて原判決に採用せられたる宮内靜江の盗難被害届書は本件被告人の犯罪事実を立証する証拠力を有せざるものである。

右の如くなるを以て原判決に採用せられたる証拠は「被告人の公判廷に於ける供述」即ち被告の自白あるのみに帰する。此の点に於て原判決は到底維持することは出来ないものである。因つて控訴裁判所に於いて審理裁判すべきものと思料す。(他の論旨は省略する。)

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